研究開発

ヤマハホール:2 ここにしかない響きを目指して

未来を見据えた新しい響きのホール

ヤマハホール概観

次にプロジェクトチームが挑んだのは、数十年たっても陳腐化しない、先を見据えたホール作りでした。現在国内に存在するホールの多くは「シューボックス型」と呼ばれる縦に細長いタイプか、「アリーナ型」と呼ばれるステージを客席が取り囲むタイプのもの。同じようなホールを作ることも可能だが、できれば「ヤマハホールでしか体験できない響きを創出したい」と考えたチームは、まったく新しいタイプのホールを目指しました。その構想として生み出されたのが、奥行きよりも高さが特徴のホール形状と音響でした。アコースティック楽器に最適で、しかも『ここにしかない最上級の響き』を持ったコンサートホールをめざしたのです。

模型実験・音響シミュレーションの採用

前述のとおり7~9階に設置されたヤマハホールは、座席数333の小型ホールです。通常このような小さめのホールでは、小さいがゆえに壁が近いこともあり、豊かな響きを創り出すための空間が乏しく、また壁からの反射音が大きすぎるなど音響設計が大変難しいとされています。そこで考え出されたのが高さで空間を生み出すヤマハホールですが、国内には前例もなく、試行錯誤の設計となることは目に見えていました。そこでまず採用されたのが、模型実験・音響シミュレーションによる側壁パターンの検討です。シミュ レーションを用いれば、コンピューター上でさまざまな形状における音響の状態を試すことができるため、まったく新しいホール設計へのチャレンジには最適な手法と考えられました。そして、ここから設計チームの2ヶ月にも及ぶ試行錯誤の日々が始まったのです。

波動音響シミュレーションとは、音の変化を考慮して音響の予測を行う手法です。上記動画の通り、音源から発せられた音の波がどのように変化し伝わっていくかを画面で確認することができます。

小さなホールに豊かな響きとクリアな音響を

設計チームが目標としたのは、通常小さなホールでは側壁の近さから犠牲とされがちな「クリアな音響」でした。側壁が近い場合は演奏者から直接届く音のすぐ後に到来する壁からの反射音が大きく、その結果、直接音の輪郭がぼけて明瞭さが失われます。しかし小さなホールでは、いやでも側壁は近くなり、この問題の解消は難しいものと考えられていました。

そこで設計チームは反響音の流れを調査、さらにその流れをコントロールすべく側壁の設計にとりかかりました。何度かの試行錯誤の結果、側壁がなるべく柔らかな音を返すよう、斜め格子状のウッドタイルを設置することとしました。

側面ウッドタイルの設計と音響シミュレーション

それぞれのタイルには傾きを調整した山を設置しました。この傾きは模型実験によって綿密に調整されたもので、側壁に当たった音の多くは天井方向に反射し、客席に戻る音も何度か反射を繰り返すようになっています。これは反射させることで音を遠回りさせ、音のエネルギーを抑えるためです。最終的には「前下方向型」「後上方向型」「(2つの混合する)山型」の3種類のタイルを設計しました(下図左より順に「前下」「後上」「山型」)。

前下方向型、後前方向型、山型の3種類のウッドタイル

ウッドタイルの配列を決めるにあたっては、音響シミュレーションによってホール内の音場を予測し、また予測した結果をもとに完成後の音響を創りだすという可聴化システムを用いて、完成後に想定される音を実際に耳で聴きながら比較実験を行い最良のパターンを構築しました。ウッドタイルはデザイン面での大きなポイントにもなっていますが、音響上重要な役割も果たしているのです。
こうして、楽器の音の明瞭さを保ちながらも豊かな響きがバランスよく得られるようになりました。下図はウッドタイルの実際の配置を示したものです。3種類のタイルが理想的な響きを生むように配置されています。

側壁ウッドタイルの配置パターン

(クリックすると拡大します)

上から降り注ぐ豊かな響きを

ヤマハホールでは可能な限り天井を高くし、また側壁全体を上部に向かってわずかに開いた構造としています。これにより、個々のタイルだけでなく側壁全体が反射音を上部に持ち上げ、空中に音を滞空させ、反射音が天井から客席にバランスよく降り注ぐような設計を行い、まるで教会にいるかのような豊かな響きを生み出しているのです。

A.R.E.技術(木のエージング)

側壁の設計が終わった後、最後に残ったのがステージの床の設計でした。ステージの設計は非常に重要です。というのも音楽を奏でる際に床材が及ぼす影響は大きく、特にそれが木材である場合、ステージを楽器の一部として考えることができるからです。

「A.R.E.」とは、Acoustic Resonance Enhancementの略。短期間で木材を熟成させ、長年使い込まれた楽器のような鳴りを生み出す画期的な木材改質技術です。温度、湿度、気圧を高精度にコントロールする専用の装置で処理することで、新しい木材をまるで長年使い込まれた楽器のような深みのある音が出る木材へと変化させることができます。これに目を付けた設計チームは、ステージの床にこのA.R.E.技術を応用した木材を使えないかと考えました。

しかし楽器で実績のある技術とはいえ、ホールの舞台床で想定通りの鳴りが実現するのかはわかりません。そこで、工場の内部にコンクリートを打ち数種類の異なる処理を施した小型ステージを実際に作り、演奏家や関係者を招待して従来型のステージ床との比較実験を重ねました(下写真)。その結果、驚くような効果が得られることがわかりました。音の抜けがクリアになっただけでなく、演奏者にとっても自分の音が聞きやすいことで喜ばれるステージとなったのです。「ホールは楽器である」とよく言われますが、A.R.E.技術を応用したステージ床はまさに楽器としてのヤマハホールの完成度、音の円熟度を増す役割を果たしてくれたのです。

ARE技術と従来型の床とで比較実験を行いました

最後は人の手で

設計が終わり、建築も完了した後、最後に微調整を行うのは職人たちの仕事です。浮雲の高さ、ピアノの位置、響きの調整など…ヤマハのホール音響の歴史を作ってきた人間たちが最後に自分の耳で納得するまで調整を行い、魂をかけて仕上げを行うのです。

ホールの仕上げを行います

ヤマハの技術を集結!

このようにヤマハ銀座ビルには、ヤマハが長い歴史の中で培ってきた音響設計のノウハウから最新の音響技術、そして人材までが惜しみなく注がれています。特にヤマハホールは国内でもここでしか体験できない響きをもっており、その実力が評価されはじめています。

困難な問題を乗り越え、完成されたホールの響きをぜひ体験いただければ幸いです。

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